MIU404分岐点はどこ?ネタバレと感想(第3話)伊吹にあって九重には無いものとは何?

覆面パトカーのイメージ画像 映画・ドラマ

MIU404第3話のタイトルが『分岐点』、どんな意味があるんだろうって不思議に思ってしまいますよね。

どこかに分岐点があったのか、わからなかった方必見です。

 

今回は第3話のどこに分岐点があったのか、伊吹にあって九重には無いものは何なのかを書いていきます。

 

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MIU404分岐点はどこにあった?

分岐点、と言われて『よくわからなかった』という方、なんとなく思い出してみてもいいし、もう一度第3話を見直してみるのもいいかもしれません。

 

志摩が九重に語ったパチンコ玉の行方

みんなで恒例のうどんを食べた後、志摩が九重に語りますよね。

 

それはルーブ・ゴールドバーグ・マシン(ピタゴラ装置)に置かれたパチンコ玉のゆくえについて。

道は真っすぐではない事、障害物を避けても横から押されて違う道に入ってしまったり、何かのスイッチで道を間違える事があるということ。

 

また、九重から見てどうしようもなく思える伊吹を、意外と志摩は買っているということ。

もちろん志摩が買っているのは、伊吹のカンや足の速さではありません。

 

この時、志摩には分っていたんですよね。

犯人を捕まえるだけが仕事じゃないという事、人それぞれ人生の障害物の多さが違う事、出会える人間によってその後が大きく変わっていく事。

 


これが第3話の大きな柱となっていきます。

 

『分岐点』の意味と解釈

『分岐点』とは、簡単に言ってしまえば『分かれ道』です。

どちらに行こうかな・・・と迷ったりする、あの部分の事ですね。

 

MIU第3話において『分岐点』だと解釈できる部分は4か所。

この4か所は、いたずらを繰り返した高校生たちの、その後に大きく影響が出てくる人生の『分岐点』です。

 

  • 警察から『守る』のは自分のためだった校長
  • 虚偽通報者からの新たな通報を『虚偽』と判断しなかった警察
  • 自白した高校生と、自白できなかった高校生
  • 正しい道に押し戻した伊吹と、押し戻す事が出来なかった九重

 

保身のためにイタズラした生徒を隠した校長先生、虚偽通報を繰り返していた女子高生の『本当の通報電話』、イタズラ電話を繰り返していた高校生の将来はどうなるのか、九重の考え方は合っているのか間違っているのか、そんな分岐点がありました。

 

MIU404分岐点のネタバレと感想(第3話)

『MIU404』第3話は、第2話に続いて考えさせられる、余韻の残る内容でした。

 

いたずら電話をした高校生、そして警察から逃れた高校生。

4つの『分岐点』についてのネタバレと、第3話の感想です。

 

校長先生の保身

『バシリカ高校』に通ういたずら電話の犯人グループの高校生たち。

校長先生は、すでにその事実を知っていたのですね・・・

 

ドーナツ型の薬の話もおそらく知っていて世間に出ないようにしているのでしょう。

いたずら電話の話が世間に出れば、結果的に薬の話も漏れてしまい高校の評価はガタ落ち、校長としての責任も問われかねません。

 

陸上部の廃部措置も、書類の廃棄も『あなたたちを守るため』ではなく、校長先生の自分勝手な保身のためだったと考えられます。

 

これは高校生たちにとって最初の『分岐点』。

 

この時点で高校生たちを叱っていたら、世間の評判に関係なく、自校の生徒に不祥事があった事を公表していたら・・・

少年たちはこのあと道を踏み外す事がなかったでしょう。

 

他の生徒への影響もありますが、校長自らが積極的に生徒を正していく姿勢を見せていれば、結果的には信頼される学校になるのではないでしょうか。

それとも、それは甘い考え方なのか・・・

ここは、かなり考えさせられる部分でした。

 

オオカミ少年に手を差し伸べた女性

さんざんいたずら電話を繰り返していた高校生グループは、廃部となった『バシリカ高校陸上部』の面々。

通報者役は常にマネージャーをしていた女子生徒(山田杏奈)ですが、さすがに数回目からはこの虚偽通報の女性が『いつも同じ人物』である事が確認済み。

 

そしてまた、あのイタズラ通報が・・・

4機捜がいたずら電話の犯人である高校生グループを追っている時、その裏では『本当の』事件が発生していました。

それは、通報者役の女子高生が、スタンガンで強制わいせつ事件を繰り返していた犯人と出会ってしまっていた事。

 

女子高生はスタンガン男から必死に逃げながら通報、しかし警察での表示は『(虚偽通報者と)99%同一人物』

 

ここでわずかでも手違いがあれば、この女子高生は完全に犯罪に巻き込まれ、警察もスタンガンの犯人を取り逃してしまっていた事でしょう。

 

しかし、通報を受けた警察本部の女性が『いつもと違う気がする』と感じたのでしょうか。

迷わず確認を求めています。

 

通報者役の女子高生にとっては、この通報を受け付けた女性が『分岐点』。

 

 

オオカミ少年(少女ですが・・・)だった女子高生がどうして助かったのか、それは頭から嘘だろうと判断せず、正しい対応をした人物が存在したからでした。

 

オオカミのイメージ画像

 

通報を受け付けた女性が、またいたずら電話かもしれないと感じてしまっていたら、初動が遅れていた可能性もゼロではありません。

 

自白した高校生と自白できなかった高校生

高校生グループが『最後の』いたずら電話からの逃走ごっこをしている時、マネージャーは連続スタンガン強制わいせつ事件の犯人に捕まっていました。

 

通報を受けた4機捜隊員たちは虚偽電話の男子高校生を追うのをやめ、スタンガン事件の現場へ急行する事になります。

 

イタズラの影で起きた危険な事件。

イタズラに突き合わせていたマネージャーである女子高生を助けるため、男子高校生たちは自らのイタズラ電話を告白、マネージャーを助けてほしいと懇願します。

 

しかし4人の男子高校生のうち、警察の元に残ったのは3人。

元々陣馬に取り押さえられていた1人、志摩にマネージャーが犯罪に巻き込まれた事を伝えられ初動が遅れた事を叱責された1人、そして伊吹から、マネージャーを助けに行くから、逃げるか来るか決めろと選択させられた1人。

 

残った3人の男子高校生たちにとって、ここが『分岐点』。

 

志摩や伊吹に追われながらも、自らの意志で自白、同行を決めた面々でした。

 

 

しかし逃げた残る1人の男子高校生・成川(鈴鹿央士)はその後行方不明に。

成川を追いかけていたのは、九重。

 

これが逃げた男子高校生・成川にとっての『分岐点』。

ある意味九重にとっても『分岐点』になります。

 


九重は陣馬の指示を聞いてはいましたが、指示に従う受け答えをして、それだけ。

つまり成川はマネージャーの危機を知ることなく、警察の手から逃れた事になります。

 

これが今後の成川の人生にどのような影をもたらしていくのか、その後あやしげな男性役で登場した菅田将暉さんの持つ『ドーナツ型の薬』が成川にどう影響していくのか・・・

 


最悪の結末しか想像できないシーンでした。

 

九重は自分の追っていた高校生だけが逃げてしまった現実をどう受け止めているのか、今後の展開が気になります。

 

感想:人はまわり人間の影響を大きく受けていく

まだ大人になり切れていない高校生を描いた第3話。

子供でも大人でもない彼らの周りには、いや、大人であっても『正しい道を行くために出会う人』が誰なのかが非常に重要になってきます。

 

伊吹に出会った高校生、九重に出会った高校生。

同じ道を進んでいた2人の高校生が、分岐を経て違う方向へ進みだしたという現実。

 

これは『自己責任』と言い切れるのでしょうか。

 

確かに、最後に逃げる選択をしたのは成川自身、事件現場へ急行しろという指示を守ったのは九重自身です。

 

自白の高校生たちは道を正してくれる人に『出会えた』。

逃げた高校生・成川は道を正してくれる人に『出会えなかった』。

 

桔梗の言う、『世間がそういう(道を外してしまう)少年たちをどれだけ救い上げられるか』という言葉は、少年であっても大人と同じく責任を取らせるべき、という意見の九重には届いていなかったようです。

 

『少年が犯罪を犯すのは教育を受けられる機会を損失した結果』という桔梗の意見は、『誰と出会うか、出会えなかったか』という志摩の言葉にもリンクします。

 

桔梗も志摩も、そして伊吹も、ハッキリとした言葉になっていなくても、根本的な考え方は同じなのでしょう。

 

九重がこの先4機捜のメンバーとして、ひとり浮いてしまうのか、それとも志摩や伊吹と関わる事で、考え方が変わっていくのか、九重の心情の変化にも注目していきたいですね!

 

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伊吹にあって九重にないもの

志摩の言う『伊吹にあって、俺たち(志摩と九重)にないもの』とは一体どのような事なのでしょうか。

物語の内容から考察していきます。

 

人間を見る伊吹

志摩と出会った当初からはちゃめちゃな行動を繰り返す伊吹。

それでも、機捜の仕事は『誰かが犯罪を犯す前に止められる』として気に入っているようです。

 

事実、第1話ではあおり運転の犯人が大きな事故を起こしてしまう前に、大けがをした被害者はいたものの、さらなる事件を起こしてしまう前に捉えることができました。

第2話では、『父を殺して自分も』という考えを持っていた犯人を、父親殺害の実行前に捉えることができています。(実際はお父さんはすでに亡くなっていた)

 

伊吹は、確かにカンで犯人を捕らえようとする部分もありますが、伊吹が見ているものは『犯罪』でも『犯人』でもなくて、『犯人の人物全体、犯行の背景』なのかもしれません。

 

常識のかたまり九重

とにかく常識のかたまりのような存在の九重。

父親が警察庁刑事局長で、自分自身もキャリアですが、どこか世間とズレているような感じもあります。

 

いちいち常識はずれな行動をする伊吹のことを快くは思っていないようですし、自分には絶対の自信があるようです。

その自信の源は、父親が刑事局長である事なのか、それともおそらく幼いころから叩き込まれたであろう『知識』なのか。

 


犯罪を犯す人間は、犯罪を犯す人間が悪い、自己責任。

常識的に考えてこんな事しない。

 

九重は、自分とは違う人間も世の中にはたくさんいる、という事を本当の意味で理解できていないようです。

九重の見ているものは『常識』かどうか、そして犯罪行為そのものなのでしょう。

 

伊吹にあって九重にないものとは

伊吹にあって九重にないもの、それは『人間を見る力、人を変えられる力』なのではないでしょうか。

志摩は、伊吹には自分(志摩)にも九重にもないものがある、と言っています。

 

それは野生のカンとか足の速さなどではなく、『人を見る力、人を変えていける力』の事なのかもしれません。

 

 

自分も他人も信じない志摩と、何事も常識的に考えがちな九重。

例え犯人であっても『人物』を見て、そしてその人が罪を犯さないように変えていく伊吹。

 

 

第1話では、あおり運転の犯人に対して、『これ以上罪を重ねないうちに捕まって良かった』と言っていますし、第2話では『無実でいてほしかったな』と。

 

凶悪なあおり運転の犯人は、伊吹に恐ろしい目に遭わされて、今後はおとなしくなるでしょう。

父親の呪縛の中で生きてきた青年は、自分を信じてくれた人を裏切る結果を悔やんだでしょう。

 

かたくなだった志摩ですら、伊吹に心を動かされていますからね。

 

まとめ

『MIU404』第3話は人生においての『分岐点』のお話。

正しい道に戻れた高校生と、戻れなかった高校生。

 

元々は同じ道にいた彼らが、『分岐点』を経て別々の道を歩んでいく様子は、単に自己責任とは言い難い気持ちを生みました。

 

彼らの分岐点は4つ

 

  • 校長先生
  • 110番の県警本部
  • 陣馬、志摩、伊吹に追われた高校生
  • 九重に追われた高校生

 

この高校生の話は、後に九重の成長にも繋がりそうな伏線とも思われます。

ひとり逃げてしまった高校生・成川が、この先にある新たな『分岐点』によって、今度こそ正しい道へ戻ってこられるように願っています。

 

 

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