MIU404第2話のネタバレと感想!ごめんねは犯人も人質も志摩も救ったのか

覆面パトカーのイメージ画像 エンタメ

『MIU404』第2話は、第1話とは異なり、思わず涙してしまう感動のストーリーとなっていましたね!

思い込み、信じたい気持ち、過去の後悔・・・

 

そんな第2話の感想と、物語から見えてくる今後の展開について考察していきます。

 

MIU404第2話のネタバレと感想

『MIU404』は、派手なカーアクションやタイムリーな話題を取り上げた第1話と違い、もっと落ち着いた、誰の身にも起こりうる、崩れてしまった日常を描いたストーリーとなっていました。

 

ある日突然犯人になってしまう絶望感、誰かを許せない気持ち、無条件で信じることの難しさは、どこか遠く離れた世界の物語ではありません。

 

第1話と違って伊吹の意見を聞く志摩

第1話、伊吹と出会ったばかりの志摩は、伊吹の扱い方がわからず振り回されているような状態でした。

しかし第2話、また反発しあう2人が描かれるのかと思いきや、序盤から2人はさほど意見の食い違いも無く、伊吹の『犯人っぽい』という意見を聞いています。

 

第1話では、伊吹の『あの車、犯人じゃない?』という言葉に耳も貸そうとはしませんでした。

 

そして今回、犯人と思われる人物の袖口しか見えなかった点、同じ色の服(黄緑色)の人間なんていくらでもいるという点から、志摩は伊吹の意見に決定打が欠けている事を伝えています。

それでも志摩は、伊吹の意見を聞き届けて『犯人っぽい人物が乗っている車』を追跡。

 

第1話で見えてきた伊吹の『野性』のカンを信じるようになったのでしょうか。

 

殺人の容疑者はやっていないと主張

殺人容疑をかけられている加々見(かがみ)は、偶然通りかかった田辺夫婦の車に立てこもり、山梨県のとある場所を目指すよう指示します。

 


 

理由は言いません。

手には千枚通しのような凶器。

運転席にはご主人、後部座席には奥さん、そしてトランク部分には加々見が乗車。

 

加々見は殺人の容疑者でありながら、自分では『やっていない』と主張。

 

加々見の話の内容から田辺夫婦は、中学時代からの友人岸(きし)が真犯人なので、彼と話をするために山梨県の岸の家にいかなければならないのだと考えます。

 

信じるか信じないか

加々見は、人質である田辺夫婦の機転により、息子の『田辺秀則(たなべひでのり)』として検問すらクリアして逃れました。

 

田辺夫婦は過去に息子を『信じなかった』ために亡くしており、その過去の出来事から加々見の事を無条件で信じようとします。

一方、加々見は過去に『父親が全部正しい』というような家庭で育っていたために、心から父親を憎んでいます。

 

加々見が無実だと信じた田辺夫婦は、ついには伊吹と志摩が加々見を確保しようとした瞬間に『公務を妨害』してまで、加々見を警察の手から逃がします。

 

田辺夫婦は、『加々見が犯人ではない』と信じているため、目的(岸に会って無実を証明する事)を達成させるために加々見確保の邪魔をしたのでした。

ただしこれは田辺夫婦の勝手な想像。

 

殺人事件の犯人は『加々見』。

肝心の岸は東京におり、事件の事すら知らなかった様子。

これは紛れもない事実でした。

 

犯人が『やっていない』という時の気持ちは志摩によると、

  • やっていない、と思いたい。
  • やっていないと嘘をつきたい(捕まりたくない)

 

田辺夫婦は、加々見を『信じたい気持ち』が強すぎて、『真の姿の加々見』が見えていなかったようです。

 

恨めしい過去と後悔している過去

田辺夫婦は、過去に息子を信じてあげられなかったために自殺へと追い込んでしまったという過去がありました。

犯人加々見は、父親から理不尽な仕打ちを受けて育ってきたという過去がありました。

 

加々見の犯行の理由は、業績を社員やバイトのせいにし『自分が絶対に正しい』という専務に対する憎悪を突発的に爆発させてしまったため。

 

こんな事になったのは、元はと言えば父親のせい、加々見はそう信じています。

専務の性格は父親ソックリ、加々見にとって恨むべき存在は絶対的な『父親』でした。

 

加々見は父親に『息子が殺人犯 』だと知らせるために、自分に謝罪をさせるために山梨へ向かっていたのでした。

 


一方の田辺夫婦は、学校で疑われた息子『秀則』に対して、ろくに話も聞かずに謝罪をさせたという過ちを犯していました。

疑われたまま息子は自殺。

その後、息子の無実が証明されます。

 

なぜ息子の言葉を信じてあげられなかったのか、あの時信じていれば息子が逝ってしまう事はなかった・・・

そんな後悔の気持ちを、ずっと抱えていました。

 

過去を無かった事にしたい気持ちが事実を見えなくする

田辺夫婦は、いつしか犯人加々見を本当の息子のように感じたようです。

息子を信じてあげられなかった。

そんな後悔の念が後押しして、『やっていない』と主張する加々見の言葉を信じています。

 

加々見も田辺夫婦を本当の親のようだと感じたのか、辛い気持ちを吐き出すご主人の背中にそっと手を乗せようとすると・・・

 

突然現れた伊吹に加々見は取り押さえられます。

しかしここで予期せぬ出来事。

なんと田辺夫婦が加々見を逃がすために、伊吹と志摩を妨害しはじめました。

 

加々見は容疑者だと言うのに、田辺夫婦にこの言葉は通じません。

加々見に対して情が移り、過去と重ね合わせて『信じる』事がすべてになってしまったのでしょう。

 

信じたいものを信じようとする、自分自身に思い当たる節がないか、ドキッとする言葉です。

 

感想:信じる心と誰も信じない志摩の対比が考えさせられる

第1話で語られていた『自分も、他人も信じない』という志摩。

この言葉だけ聞くと、志摩ってなんだか暗い過去がありそうだし、誰も信じないなんてちょっと偏屈で寂しい人なのかもしれない、そんな考えを抱いていました。

 

でも第2話、『自分も、他人も信じない』志摩だけは、犯人加々見の真の姿を捉えていたようです。

 

信じる、信じないの気持ちが事実を捻じ曲げる。

信じたいものを信じようとする。

 

誰かを信じることによって、見えなくなる事実があるという恐ろしい言葉でもあります。

 

伊吹にはどんな時も信じてくれる人がいた。

だから誰に疑われても自暴自棄になる事がなかった。

 

信じられるものがある事が良い事なのか、真実を見る力が重要なのか。

 

少なくとも犯罪を追う立場であるならば、真実を見る力が重要になるでしょう。

しかし一般的な生活に於いては・・・?

 

信じたいものを信じ、自分を無条件で信じてくれる人がいる事が良い事なのか・・・

 

無条件で信じるなんて、この上なく素晴らしい言葉に聞こえますが、もし自分が信じている人が犯罪を犯し、それに気が付いてしまったら・・・

この人はあんな事しない、何かの間違いに違いないと事実を捻じ曲げてしまうでしょうか。

 

そんな極限の状態にならない事を祈りますが、第2話の志摩の言葉『人は信じたいものを信じようとする』は、しっかりと心に刻んでおくことにします。

 

MIU404第2話ネットでの感想

『MIU404』はネット上にも様々な感想が書かれています。

第2話はやはり、『感動した』というものが多いようです。

 

第1話のハラハラドキドキ、スピーディな内容と違い、第2話は犯人の背景にあるもの、犯行に及んでしまった気持ち、そんな犯人を信じる人たちの気持ちなどが丁寧に描かれていました。

後半まで犯人が『本当に犯人なのか』わからないようになっており、視聴者側も人質の田辺夫婦や伊吹と同じ気持ちでいたはず。

 

だからこそ余計に感情移入してしまい、改めて背景にあるものに思いを巡らせる方、物語では描かれていない犯人のその後を思う方が多いのでしょう。

とにかく感動、涙無しでは見られなかった、という内容の感想が多いように思います。

 

第1話、第2話と趣向の違う物語になり、第3話への期待も膨らみます。

 

『MIU404』はまだまだ第2話、しかし今から最終話の後のロスが心配です。

 

伏線ネタバレ!ごめんねの言葉が犯人も人質も志摩の心も救ったか

第2話冒頭の伊吹の言葉、『(殴った事に対して)謝ってもらってない』

これは伏線になっていたようですね!

 

父親の支配から逃れようともがいていた加々見。

突発的な殺人事件は、いつしか父親への当てつけと考え、自分をこんな風にした父親に謝罪させたかったようです。

しかし肝心の父親はすでに他界、息子が犯罪を犯したことも知らず、謝罪をすることもありません。

 

そして田辺夫婦は亡くなった息子を信じてあげることができなかった。

真実を知った時、謝りたくても既に息子はこの世にはいませんでした。

 

『ごめんね、最後まで付き合うって約束したのに、ごめんね!』

 

最後まで(加々見が目指していた場所まで)付き合えなかったことを、父親のふりをした人質、つまりニセ父から謝罪された加々見。

加々見は一時の父親であったこの人が本当の父親だったらよかった、と感じていたはずです。

その父が自分に謝罪をしている。

 

一方で、一時の息子に約束を守れなかったことを謝罪したニセ父は、大きく成長した息子の姿と加々見を重ね合わせていた事でしょう。

 

あの頃してもらいたかった事、あの頃したくてもできなかった事。

 

『ごめんね』が、加々見と田辺夫婦の心にあった重く暗い気持ちに少しだけ灯りをともし、ほんのわずかな時間の交流が、お互いの気持ちをわずかであれ救ったのではないでしょうか。

 


事件がひと段落し、食事をする伊吹と志摩。

時は戻らない、人の命も返らない、どんなに願っても。

 

今、この時に言わなかったら後悔するかもしれない。

もう2度と繰り返したくない過去があると思われる志摩の『殴って悪かった、ごめん』は、伊吹だけでなく、志摩自身の過去にも響き、わずかな救いの言葉となったのかもしれません。

 

まとめ

『MIU404』第2話は、涙無しでは見られない物語となっていました。

犯人と人質の関係が変化し、犯人に情が移ってしまうという物語は多数存在します。

また、亡くなった子供と突然現れた人物を重ねてしまう物語も多数あります。

 

そういう意味ではありきたりな設定だったかもしれません。

 

しかし裏にあるのは、『信じたいもの』と『真実』の物語。

単に人情の物語ではありません。

 

『人は信じたいものを信じようとする』

 

志摩の名言ですね!

 

疑う事が仕事である志摩は、心から誰かを信じられる日が来るのでしょうか。

 

 

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