【朝が来る】映画と原作の違いは?登場人物の印象ついても

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『朝が来るの映画と原作小説の違い』についての記事のアイキャッチ画像 映画・ドラマ

映画『朝が来る』は、2020年秋に公開された永作博美さん主演、辻村深月さん原作のヒューマンドラマです。

 

家族とは、親子とは何なのかを考えさせられる物語。

人間の葛藤や人生を描いたこの作品の、映画と原作の違いについて紹介していきます。

 

【朝が来る】映画と原作の違い

 

『朝が来る』の映画、率直な感想は『意外と長い・・・』でした。

 

しかし、長いと言っても上映時間は2時間半程度。

原作小説の全てを描く事は不可能なので、やはりところどころ映画と原作との違いが目につきました。

映画を鑑賞してみての、目についた原作との違いを挙げてみます。

 

基本的なストーリーは同じ

『朝が来る』の映画は、ストーリー自体はほぼ原作小説と同じです。

 

大まかなストーリーは下記の通り。

  • なかなか赤ちゃんができない夫婦の元に養子が来て、一緒に暮らしていく。
  • 時には子育て中特有の悩みを抱えつつも、子供は元気に育っている。
  • しかし、そんな平和な時間を打ち破るように、子供を返して欲しいという『生みの母』からの連絡を受けてしまう。

 

特に映画オリジナルのエピソードが加えられている事は無く、まるでドキュメンタリー。

 

敢えて言うならば、小説よりも映画の方が『本物っぽい』

もちろん実写なので『本物っぽく見える』のは当たり前の話ではあるのですが、なんと永作博美さんがスッピンに近い状態で出演されているのでは?と感じられるほど化粧っ気がありません。

 

他の出演者の方も同じ。

バッチリメイクを決めているのは、『ギャル』という肩書の登場人物以外には見当たりません。

 

浅田美代子さんですら、あれ?と思うほどスッピンに近い状態である印象を受けました。

 

だからこそ小説よりもより現実に近い印象のまま、まるで誰かの人生を眺めているかのように、物語は進みます。

 

ひかりの人生がやや和らいでいる

 

永作博美さんが演じる『栗原佐都子(くりはらさとこ)』とは別の、もう一人の主人公である『片倉(かたくら)ひかり』

ひかりは中学生でありながら子供を宿した事により、意図せずその後の人生が壮絶なものに変化してしまいます。

 

  • 大好きだったはずの彼氏との別れ。
  • 生まれた子は栗原家の養子となり、ひかりは高校へ進学するも中退。
  • 嫌いな家族から離れるための家出。
  • 自分で仕事を見つけながらなんとか生活していても、いつもどこかでひかりの行く手を阻むように『普通の生活』から引きずり降ろそうとする輩がいる・・・

 

一旦『普通』から足を踏み外してしまったひかりは、もがき苦しみながら人生を歩んでいます。

そんな風に、原作小説では文字を追っているだけでも彼女の苦労が伝わってくるような内容なのですが・・・

 

映画では若干、その壮絶さ加減が和らいでいたようにも感じました。

 

騙されたりお金を盗ったりするようなシーンは無く、映画版はもっとふんわりとした印象。

ひかりの『追い詰められている感』が、少し薄くなったようにも感じました。

 

ひかりの人生の『壮絶感』をより強く感じたいのであれば、原作小説のほうがオススメです。

 

ベビーバトン閉鎖の理由

 

ひかりが中学校を休んで出産までを過ごした、特別養子縁組の仲介団体『ベビーバトン』の施設。

原作では、ベビーバトンが活動を辞める理由は、集団生活に使用していたアパートが取り壊されてしまう事と代表者の浅見自身が親の介護をしなくてはならない事。

しかし、活動自体は他団体が引き継ぐことになっていました。

 

一方の映画版では、『ベビーバトン』は代表者の浅見の『病気』のために活動を続ける事ができなくなった、という設定に変更。

 

ひかりが朝斗を出産してからわずか数年。

おどろくほどに衰えて再登場した浅見役の浅田美代子さんの姿は、衝撃度高めです。

 

いや、メイクでしょうけどね。

深いシワ、艶の無い肌、水分を失った髪の毛。

 

『病気』という設定はこのメイクのためにあったのではないか、と勘違いしてしまうようなシーンが印象的でした。

 

ラストシーンが納得できる

原作小説で、唯一『?』と感じてしまったラストシーン。

感動のシーンのはずなのに、『どうしてこうなった?』と感じてしまった場面でもありました。

 

納得が難しかった原作小説のラストシーン

原作小説のラストシーンに繋がっていく流れは、下記の通りです。

 

  • 栗原家に脅し文句と共にお金を要求したひかり。
  • あなたは『片倉ひかり』ではないと追い返してしまった佐都子と清和。
  • でも、1か月後に『ごめんなさい』と言いながらひかりを抱きしめて謝る佐都子。

 

確かに、本物の『片倉ひかり』をニセモノだと追い返したのですから、ごめんなさいの意味も分かります。

 

しかし、ひかりを追い返してからのエピソードがほぼ無いまま、突然の『分かってあげられなくてごめんなさい』の場面には正直、理解が追いつきませんでした・・・。

 

なぜ急に心変わりしたの?とも思えてしまうラストシーンだったのです。

 

納得できる映画版でのラストシーン

原作小説での、ちょっとだけ頭を悩ますラストシーン。

映画版では『なるほど』と納得できるシーンに変更されていました。

 

 

映画のラストシーンに繋がる流れは、下記の通り。

 

  • ひかりを追い返した後、出産直後に手渡されたひかりの手紙の下部に、一旦書いて消したような跡を発見。
  • そこに書かれていた文字は『なかったことにしないで』

 

無かった事にしないで!

ひかりの心の叫びです。

 

学校に戻っても、ひかりが朝斗を出産した事を知る人間などいません。

家に戻れば、出産した事は『忘れるべき事』となり、元通りの生活に戻るように促されます。

ひかりが生んだ朝斗は、特別養子縁組によって正式に栗原家の子供になります。

 

どんなに子供を傍に置いておきたかったか、一緒に暮らしたかったか。

なぜ周りは自分の出産を無かった事にしようとするのか。

 

『なかったことにしないで』

 

栗原家にやってきた警察により、訪ねてきた女性が正真正銘『片倉ひかり』である事が判明。

その時はじめて佐都子は、ひかりが栗原家にお金を要求するという行為をしなければならないほど、追い詰められてボロボロの状態であった事を悟ったのです。

 

心のどこかで佐都子は、ひかりが新たな『自分の人生』を歩んでいると信じていたのかもしれません。

ひかりが生んだ朝斗を大切に育てている、朝斗にも2人のお母さんがいる事をしっかりと伝えている・・・

 

しかし、それは単なる佐都子の自己満足でもあったのかもしれません。

 

佐都子の『分かってあげられなくてごめんなさい』は、そうした気持ちから出た言葉。

ひかりへの、心の底からの謝罪であったのだと感じました。

 

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【朝が来る】映画と原作で印象の違う登場人物

映画『朝が来る』では、原作小説と印象が異なっていると感じる登場人物が3人いました。

 

1人ずつ、原作小説との印象の違いを紹介します。

 

麻生巧:不良っぽさ無し

 

『麻生巧(あそうたくみ)』は、中学生時代の片倉ひかりの彼氏であり、朝斗の本来の父親でもあります。

原作小説では、ちょっとだけ悪ぶっているようにも描かれていた巧ですが、映画版では『さわやか青年』になっていました。

 

等身大の恋愛模様を描くためでしょうか。

特に『悪さ』をするようなシーンも無く、ひかりとの別れのシーンでも『2人では解決できない問題』に抗うこともしない、ただの中学生であるように描かれました。

 

新聞店の店長:ビジネスホテルの浜野と合体

 

高校を中退したひかりの勤め先である『新聞店』。

その新聞店の店長は、若い子にデレデレしている様子は見せるものの、原作小説のように『いちいちイジワル』という印象は全くありません。

どちらかと言えば、悩みを抱えていそうなひかりが心配で仕方ない様子。

 

『新聞店の店長』という役どころではありますが、中身はビジネスホテルに勤めた際に世話になった年配のフロント『浜野』。

 

そう、2人を合わせて映画版では『新聞販売店の浜野』という人物になっているのです。

『新聞店の店長』と『ビジネスホテルの浜野』が合体した人物、というワケですね。

 

後で『ビジネスホテルの浜野』が登場すると思っていた私は、ひかりの事を『心配してる』という新聞店の店長に疑いの目を向けてしまっていました・・・(汗)

 

新聞店で出会ったトモカ:弱い人間に見える

もうひとり、明らかに印象が変更されていた登場人物が『トモカ』

原作小説での『トモカ』は、『ベビーバトン』で出会った『コノミ』に似ているというだけで迂闊にもひかりが心を開き、騙されて借金を背負わされてしまうキッカケになった人物です。

 

ひかりに暴言を吐き、『トモカ』の名前も偽名、ひかりは自分の知らぬ間に借金の保証人になっていました。

人懐っこく見えた彼女にも『裏の顔』があった、というのが原作小説版の『トモカ』。

 

 

一方、映画版『トモカ』は何者かに脅されてひかりを借金の保証人欄にしてしまいますが、罪の意識も少しはある様子。

ひかりはボロボロになっていたトモカを家へ連れて帰り、2人で暮らし始めます。

正確には、ひかりの部屋にトモカが転がり込んで面倒を見てもらっていた、という構図です。

 

しかし、しばらくすると映画版のトモカも、わずかなお金と一着の服だけを残して失踪。

ひかりに残されたのは、やはり借金だけ。

 

映画と原作で印象が違うように見える『トモカ』も、やはりひかりの人生を大きく狂わせる人物の一人である事に変わりありませんでした。

 

まとめ

映画『朝が来る』は、親子や家族について考えさせられる事の多いヒューマンドラマです。

元々は小説が原作の物語。

 

それを映画化する事によって、いくつか原作とは異なる点、設定変更された点が見られました。

 

基本的なストーリーに変わりはありません。

しかし、

  • ひかりの人生
  • ベビーバトン閉鎖の理由
  • ラストシーン
  • 一部の登場人物

これらは、原作とはやや異なって描かれていました。

 

映画と原作小説、どちらが良いかは好みが分かれるかもしれませんが、原作小説のラストシーンに頭を悩ませた方は、ぜひ映画版を鑑賞してみてください!

 

『腑に落ちる』という感覚を味わえますよ(笑)

 

 

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