『コクリコ坂から』では、松崎海と風間俊の、高度成長期を迎えていた1963年の横浜を舞台とした恋愛物語が繰り広げられます。
そこに絡んでくるのが、海の父の死と俊の出生の秘密。
物語はラストシーンで俊が『立花の子』として円満に終了していきますが、本当に立花の子?澤村の子じゃない?と疑い深い目で見てしまう人も多かったかもしれませんね。
そんな『コクリコ坂から』の海(メル)と俊が本当は兄弟(兄妹)ではないか?という疑問を生む、謎だらけの描写を振り返ります。
目次
コクリコ坂からの海(メル)と俊は本当は兄弟では?
『コクリコ坂から』では、父のためにUW旗を掲げる海と、タグボートの上から毎朝UW旗に応えていた俊が同じ学校で出会い、やがて惹かれ合っていく物語です。
海「風間さんに聞きたいことがあるの。カルチェに載ってた詩…」#コクリコ坂から pic.twitter.com/H95EUy3Xsd
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その『普通の』高校生2人に降りかかるのは、実は兄弟(兄妹)なのかもしれないという疑惑。
でも結局、物語は『ハッピーエンド』で結末を迎えますよね。
海は澤村の子、そして俊は澤村ではなく立花の子、という事実が判明するのでした。
ただし、なぜか無理やり『立花の子』という方向に持っていかれた感が強かった『コクリコ坂から』。
物語の結末を迎えても、海(メル)と俊は本当は兄弟(兄妹)なのでは?と感じたままだった方も多いのではないでしょうか。
コクリコ坂からの俊の父親は立花か澤村か
『コクリコ坂から』のモヤモヤ点と言えば、結局2人は兄弟なのか、俊の父が立花なのか、本当は澤村だったりするのか、という部分でしょう。
海(メル)の母親の証言
海(メル)の母親の『松崎良子(まつざきよしこ)』は、俊が澤村に連れてこられた日の事を海に話していました。
それによると、
- 赤ん坊(俊)の父親は『立花洋(たちばなひろし)』という澤村の親友である。
- 立花は引き上げ船の事故で亡くなり、赤ん坊の母親(立花の妻)も俊を産んで亡くなった。
- 赤ん坊(俊)の親戚も原爆によって亡くなった、もしくは赤ん坊を育てられる状況ではない。
- 赤ん坊が孤児院に入れられないように、澤村の戸籍に入れて連れてきた。
- お腹に海を抱えての育児は無理なので、船乗り仲間の中で赤ん坊を欲しいという人(俊の養父)を見つけて、養子にしてもらった。
海の母親の意見としては、お腹の子を抱えては育児が出来ないので、代わりに誰かに育ててもらってほしい、という事のみ。
後は澤村の言った事を全面的に信用して、それを海に伝えているだけです。
しかも、本当の事は知らないと言っています・・・
もっとも、海の母の良子は澤村にベタ惚れだった様子も伺えますから、良子にとっては『全面的に信用できる』と思える人物だったのでしょう。
小野寺の証言
澤村の親友の1人で、写真に写っていた3人目の人物『小野寺善雄』。
おそらく海の母親が小野寺(もしくは小野寺の勤め先)に連絡をして、さらに俊の養父である風間とも会って話をして、俊が直接『小野寺』の話を聞けるように手配したのでしょう。
小野寺「立花と澤村の息子と娘に会えるなんて嬉しい。ありがとう。こんな嬉しいことはない」#コクリコ坂から pic.twitter.com/gT4Sp5udM4
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その小野寺が海と俊に語った内容は、
- 俊の父親は『立花洋』である。
- 俊の両親が亡くなった時、自分は海(航海)に出ていた。
- 航海中でなければ、自分も澤村と同じ事をしたと思う。
- 立花の息子と澤村の娘に会えて嬉しい。
生まれたばかりの赤ん坊だった俊が風間の家に預けられたのは、小野寺が航海中に起きた出来事だったようです。
つまり小野寺もまた、澤村から聞いた話を海と俊に伝えているだけ、という事になります。
俊は立花の子で円満解決
ジブリアニメ『コクリコ坂から』では、海の母親と立花の証言から、海と俊が実際には兄弟ではなかったことが判明、円満なラストシーンを迎える事になります。
海の母親からの話、そして立花が語った話。
『本当に俊は立花の子なの?』と疑いを持ってしまった方は、俊が『確実に』立花の子だと証明できる手段が無い上に、両者ともに『澤村から聞いたであろう話』だった事に違和感を覚えたのではないでしょうか。
澤村と親友だった小野寺が嘘をつく可能性は?
海の父親である澤村の親友だった『小野寺』は、俊の出生の秘密を知る人物ではありますが、実際には俊の両親が亡くなった時、広い海を航海中でした。
つまり、俊の出生の件はおそらく『澤村から聞いた話』であり、海の母親の良子と同じく、親友である澤村の話を全面的に信用していると考えられます。
たとえ澤村の話がウソだったとしても、小野寺は澤村を信じているのでしょう。
ただし『親友』であるが故に、『実は俊は澤村の子』である事を隠している可能性もゼロではありません。
それは悪い意味での『男同士の友情』。
隠し子(俊)の事は絶対に誰にも言わないでほしい、立花の子という事にしておいてくれと頼まれていたかもしれませんから。
コクリコ坂からの謎の描写から疑惑が生まれる
『コクリコ坂から』を観ていると、俊が立花の子だと素直に信じられなくなってしまう謎の描写が多いように感じます。
そんな疑惑を生む『謎』を挙げていきます。
俊と澤村が似ているのかどうか
俊と澤村が似ているかどうかの問いかけの描写、多いと思いませんか?
ミスリードを誘っているにしても、逆に疑いを強めてしまう問いかけでもあります。
- 俊の養父である風間の『最近あいつ(澤村)に似てきたな』
- 海(メル)の母親の『(俊は)似てる?この写真と』
- 海の『お父さんが代わりに風間さんを贈ってくれたと思う事にした』
海「私が毎日毎日旗を揚げてお父さんを呼んでいたから、お父さんが自分の代わりに風間さんを贈ってくれたんだと思うことにしたの。私、風間さんが好き」俊「おれもお前が好きだ」続くー #コクリコ坂から pic.twitter.com/ZEE5zw5Tp4
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俊が澤村の子ではなければ、俊の養父の風間も海も『似ていると思い込んでいる』状態ですよね。
真実が判明した後は、『よく見たら似てないかも・・・』になるのでしょうか。
俊の養父の風間が真実を知らないのはなぜ?
『コクリコ坂から』の最大の疑問点、それは『なぜ俊の養父の風間が真実を知らなかったのか』ですよね。
俊の本当の父親が『澤村』だと信じている風間は、成長した俊に対して『あいつ(澤村)に似てきたな』などと語り掛けています。
つまり真実がどうであれ、風間は本当に澤村が俊の父親であると信じていて、澤村が持ってきた俊の戸籍以上の情報を持っていない事になります。
なぜ澤村は風間に『真実』を語らなかったのでしょうか。
『養子』となる俊が、いずれ本当の両親が誰なのかを知りたくなるであろう事を想像できなかったのでしょうか・・・?
それとも、『立花が父親である』自体がウソなのでしょうか?
- 赤ん坊の本当の父親が『立花』であり、孤児にやられるのを阻止するために自分の戸籍に入れて連れてきた。
- 身重の自分の妻には育てていく余裕が無いから、養子として迎えてくれないか。
『立花が父親』が真実なのであれば、上記の2点だけ風間に説明しておけば、こんなにややこしい話になりません。
(もっともそれでは『物語』になりませんが・・・)
なぜか養父母にすら『真実』が語られていなかったのか、疑問を感じる部分です。
澤村の話の信ぴょう性を高める写真
澤村の話は本当なのか、実は俊は澤村の子ではないのか・・・
そんな曖昧なままの澤村の話の中でも、唯一『俊は立花の子』である事を信じられる部分がありました。
それは海(メル)の家にあった『澤村、立花、小野寺』の3人が映った写真。
そして俊の家にもある同じ写真。
若き日の海の父が写っている写真。三人は高等商船学校の同級生でした。写真の中で着ているのも学校の制服です。ちなみに写真の横に書き込まれている名前は鈴木敏夫プロデューサーが書いたものだそうです。#コクリコ坂から pic.twitter.com/VzpbSx6TPi
— アンク@金曜ロードSHOW!公式 (@kinro_ntv) August 12, 2016
これは、過去に撮った写真をわざわざ風間家用に焼き増ししたのではなく、『立花が持っていた写真』を渡したものなのではないでしょうか。
立花の家から赤ん坊(俊)を連れてきたからこそ、立花が所持していた写真を風間に渡したと考えると筋が通ります。
この写真がある事で、澤村の話の信ぴょう性が高まりました。
まとめ
『コクリコ坂から』では、俊の父が『実は立花』で円満解決していきます。
ただし、父親が立花であるという部分に、疑問を感じる描写がある事も事実ですよね。
それは、
- 海の母親も小野寺も、俊の出生については澤村から聞いただけ。
- 俊が澤村に似ているかどうかという描写が多い。
- 肝心な俊の養父が真実を知らない。
『立花が父親』を信じたとしても、『実は澤村が父親』と疑ってしまっても、海と俊の若い2人の恋物語は上手くいってほしいですね!
『コクリコ坂から』で気になる描写はありましたか?
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